小novel

スープ

おばあさんが、ブイヨンスープを作っている。 そのスープは、おばあさんが子供の頃から継ぎ足し継ぎ足しされてきたものだった。 おじいさんが帰ってくる。 いつものように、鞄から"言葉"を取り出して、鍋に加えた。 その"言葉"はおじいさんが東京の街を歩い…

消しゴム

消しゴムが一つ、立ち尽くしていた。 まっさらな紙を目の前にして。 消しゴムはまだ新品だった。 角はまだ8つある。 紙に角を擦り付けようとしていた。 消しゴムの生涯で最初の仕事。 この紙に、せめて字の一文字ぐらい書いてあればなあ、 それを消すのが言…

上北沢アシンメトリー

なぜか今日は、世界の左右が逆さまになっているような気がする。 改札を通ってホームに降りようとしたとき、階段がいつもと違う位置についていた。 その横のエスカレーターでは、みんな右側に立っている。 あれ?大阪に帰ってきたんだっけ? 一面しかないの…

インフラレッド

俺は男子トイレの赤外線センサー. 人がトイレの前から去るのを赤く丸い眼で見て,水を流す仕事をしている. 俺はいつも人間を見ているが,人間が俺の一つ眼を見てくれることはない. みんなが目を向けるのは,「もう一歩前へ」の張り紙,あるいはその"放物…

現代的感覚

あれっ,たばこ吸うんだ. 「いや,吸ってないよ」 えっ. じゃあソレは何?フツーに火ついてるけど. 「たばこ」 やっぱ吸ってんじゃん. いつから吸い始めたの? 「いやだから,吸ってないよ」 「持ってるだけ」 ? 「たばこって格好いいよね.」 「最近は…

風船

着ぐるみのピンクウサギに、黄色い風船をもらった。 その黄色い風船には、ヘリウムが入っている。 紐を持って歩くと、風船とヘリウムがあとから付いてきた。 風船の中にあるヘリウムの分子は、生まれはきっとバラバラだ。 アメリカ生まれのヘリウムもあれば…

ドアを開けると、灰色の階段があった。 灰色の階段の上には、踊り場があった。 踊り場から上を見上げると、プラスチックの丸い天井から、太陽が透けて見えた。 プラスチックは、紫外線で焼けて白く濁っている。 踊り場から上はベージュ色の階段になった。 階…