インフラレッド

俺は男子トイレの赤外線センサー.
人がトイレの前から去るのを赤く丸い眼で見て,水を流す仕事をしている.
俺はいつも人間を見ているが,人間が俺の一つ眼を見てくれることはない.
みんなが目を向けるのは,「もう一歩前へ」の張り紙,あるいはその"放物線"だ.
そして俺が見るのはいつも人の胸元.
みんな胸の奥にはいろんなものを隠しているんだろう.
でも俺が見られるのは赤外線だけだ.
音や匂いがわかる人間でさえ,他人の心はわからないらしいし
だから俺がその胸の奥が分からないのも仕方ないな.
そんなことをぼんやり考えていると,とある物好きがおれの目を覗き込んでいた.
目と目が合った.
俺はコイツの気持ちは分からない.
俺の気持ちもコイツには伝わらないだろう.
別に,俺のことなんて見てくれなくても良かったんだぜ?