文を書くこと、詞を読むこと

 NonaReevesという人たちのCDをいくつかレンタルしてきて聞いている。出会いは本当にしょうもなくて、

を観たのが始まりだ。最近はTwitterにはあんまり出さないようにしてるけれど、僕はこういう子供っぽいインターネットが大好きで、ニコニコ動画が大好きである。はてブコミュニティよりよっぽど居心地がいいと思う。まあそれは人の趣味か。

 さておき、NonaReevesだ。切なくて爽やかな感じが好きだ。んー、なんか違うかな。。あんまり言葉がうまくなくて芯を外した表現しかできなくてもどかしい。普段あまり音楽を聞いたりしないから他にもこういうのが沢山あるかどうかは知らない。でも絶対評価だと好き。

 歌詞もいい。ここでもまた表現力がとぼしくて5文字しか書けない。丁寧だ、とか、優しい、とかそういうふうに言ってみたりもするけど、何か違うような気がする。好きなものを褒めるやり方をもうちょっと勉強しないといけない。「これ良いな」って思ったときに、それをインターネットで検索していい褒め方をしてるブログとかツイートとかを探したりする。「褒め方が良い」っていう特徴は検索できないから、なかなか不毛な作業になる。

 頭に浮かんだフレーズをそのまま書き起こすとたいてい主観的な言葉になって、分かってる人にしか伝わらない感じになるから、やっぱり考えて言葉を並べないといけない。とはいえ、分かってる人同士であー分かる分かるーと共感したいだけのときもあって、その場合はむしろ書くこと自体が快感になる。  

 新聞とかブログとかは、情報を説得力をもって伝えるために書かれている。小説も、新聞ほどではないが、ストーリーを説明をしながら先に進めないといけない。それと比べて歌詞を眺めてみると、かなりバラバラである。接続詞で文の関係を説明するとかは全然ないし、そもそも体言止めとかの不完全な文も多い。しかし、バラバラな代わりに、一つのフレーズの役割が重い。詞は何度も繰り返して聞かれるからそれでよい。こういうところが気に入っている。

 あと、詩とは違って、分からなかったら曲や音に任せていればよいという安心感がある。何度も聞いているうちにいつかスッと入ってくるかもしれないな、と気楽に構えていればいい。  

 なんだかとりとめが無くなってしまった。文章は難しい。